なぜ木製バットを使用する選手が増えたのか?

――新基準バットとなってから、木製バットを使う球児が増えて、珍しい光景ではなくなりました。

鍛治舎監督 木製バットが増えたのは、新基準バットよりも安くて、軽いという理由にあると思います。新基準バットは900グラムという規定がありますが、木のバットは900グラムという規定はありませんので、振りやすく、軽い800グラム台が使えます。種類によってはスウィートスポット(最も打球が飛ぶ部分)が新基準バットと同じくらい大きいバットもありますから、木製バットのほうが捉えやすいという選手もいるでしょう。

 新基準バットの値段は1本3万円とかなり高いですよね。ただ木製バットでは1万円台もありますし、価格によっては3本、最低でも2本以上は買うことができる。今の選手たちのミート力の高さを考えれば、木製バットのほうが反発もよくて、飛距離も出る手応えを感じる選手がいるんだと思います。夏には木製バットを使うチームが増えるでしょう。ただ、新基準バットも施行されたばかりなので、今後規定が変わることもあるかもしれません。

 実際に我がチームでも「木のバットのほうがしなりがあっていい」「手で捉えた実感がある」と選手たちの声もあがっています。木製バットの使用については、選手たちに任せています。

――確かに木製バットを使っている選手に話を聞くと、「弾きが良い」とか「打っている感覚、詰まっている感覚がダイレクトで分かるのがいい」と話しています。

鍛治舎監督 そうです。全日本野球協会が定めている木製バットの認可条件は木目が目視できること。現在はグラスファイバーで補強し、耐久力が高く、木目が目視できる木製バットが出ているので、そのバットを使うことが増えるでしょう。高校野球では滑り止めスプレーが使えないので、そのルールを理解して使用することが求められます。

――新基準バットになって野球の方向性が変わる、おっしゃられましたが、2017年、大会新記録となる68本塁打が出たその時と比べると、具体的に野球のスタイルはどう変化するのでしょう?

鍛治舎監督 高反発バット時代は、走者を溜めて本塁打を打って、一気に2~3点取る野球でした。甲子園で本塁打が多く出た2017年を境に投手の組み立て方に変化が現れました。

 それまでは真っ直ぐ・真っ直ぐで追い込んで、ボール球を1球入れて、スライダー、フォークボールなどで三振を狙う配球が主流だったのが、初球からチェンジアップやカットボールなど縦横変化、時間差のボールを投げて、長打の出やすい早いカウントでフルスイングをさせない攻めになりました。追い込んでからはインコースの直球。それまでと真逆の攻め方が多くなりました。

 同時期、MLBは「フライ革命」と呼ばれた時代。アッパースイングをして本塁打を量産していましたが、今ではフライ革命とはいってないですよね。バッテリーが高めに伸び上がるようなホップ率の高い速球を投げて三振を取る、外野フライで打ち取る、そのような攻めになって再び打者のアプローチが変わってきた。

 時代によって野球のトレンド、投手の配球のトレンドも変わっていくものですが、新基準バットになって、野球が一番面白い時期になっているんです。新基準バットになって野球の知が変わる、勝敗の損益分岐点が変わる。だから私学の強豪が簡単に無条件で勝てる時代ではなくなっています。セイバーメトリクスに代表される合理性に裏付けされた野球時代の到来です。

【鍛治舎 巧】かじしゃ・たくみ

1951年5月2日生まれ。県立岐阜商-早稲田大-松下電器(現・パナソニック)。69年、センバツでエースとして8強、早大では5シーズン連続3割、2度のベストナインを獲得し、日米大学野球大会4番を経験。松下電器では主に外野手として活躍。引退後、松下電器の監督、全日本代表コーチを歴任。また中学硬式「枚方ボーイズ」の監督として、12度の日本一に輝く。2013年には中学全ての全国大会を優勝する「中学五冠」を達成した。2014年4月から秀岳館(熊本)の監督に就任。2016年センバツから4季連続で甲子園出場。ベスト4に三度進出する。2018年3月から母校の監督へ。20年センバツ(中止)、21年春夏、22年夏と4度の甲子園出場。甲子園での戦績は10勝7敗。