2024年の高校野球で始まった新基準バットの導入。今センバツでは2023年よりも9本下回る3本しか本塁打が出なかった。明らかに飛距離は落ちている。この状況に、「高校野球のスタイルの変革期。私は一番面白い時期に来ていると思うんです」と声を弾ませるのが、県立岐阜商の鍛治舎 巧監督だ。

 甲子園のテレビ解説を20年以上も務めた理論派監督は、新基準バットによる変化をどう感じ取っているのか。

安全面を考えれば、新基準バットは妥当 野球脳も鍛えられる!

――まず新基準バットが導入されたことについてはどう考えていますか。

鍛治舎監督 選手の安全面を考えれば、間違いなく良いです(新基準バットは特に投手の安全を考慮して反発が低いものになっている)。松下電器(現パナソニック)で監督をしていたときや、全日本のコーチをしていたとき、体格の良いキューバの選手が金属バットを握っていたんです。打球もけた外れに速く、怖くて仕方ありませんでした。「投手にライナーが飛んだらどうしよう。野手でも危ないな!」と思ったものですよ。

 世界最強だったキューバ打線は別格としても社会人選手よりも心身が未熟な高校生の場合、芯を捉えた打球が当たれば命にかかわります。新基準バットは打球速度が落ちますので、こうした移行は妥当なものだと思っています。この新ルールの中でどう勝っていくのかが選手・監督の力の見せどころになります。

――確かにセンバツでは打球が飛ばなかったですね。

鍛治舍監督 どの学校も新基準バットに慣れず、外野手がかなり前にきていました。ただ夏は、あんなことはないと思っています。確実に外野の頭を超えるところまで各チーム鍛えて来ると確信しています。

――春季大会で結果を出したチームのスタイルを追っていくと、新基準バットでも強い打球が打てるように、フィジカルを徹底的に鍛えるチームもあれば、守備・走塁をより鍛えるチームもある。方向性が分かれてきています。

鍛治舍監督 昨秋の東海大会が終わってから、新基準バット、木製バットを使い始めましたが、1つ言えることは「無駄な四球、エラーが確実に点が絡む」ということですね。だから投手には「3ボールの局面では、フォアボールを出すよりも真ん中高めに強い真っ直ぐを投げてくれ」と伝えています。力のある伸び上がるボールを投げることができれば、真芯に当たらない限りホームランも少ないないだろうと思っています。「四死球を減らさないと勝ちを拾えない」という野球に変わりつつあるのではないでしょうか。私はそのような意識改革を進めています。

 一方で、攻撃側は、追い込まれても粘って球数を増やすことができれば四死球の確率も上がり、こちらが有利になる。ホームランはそれほど出ないので、犠打、ヒットエンドランは今まで以上に重要になる。高校野球で金属バットが導入されたのは昭和49年(1974年)。以降、池田高校のやまびこ打線に象徴されるパワー野球全盛の時代が長く続きました。今は、それ以前の木製バット時代の野球に戻りつつある。野手は真芯で捉える打撃技術ももちろんですが、打線をつなぐ、走者をいかに前に進めるのかが大事になります。

 昨秋以降、新たな練習方法を加えました。まずトスバッティングを変えました。ワンバウンドで返したり、ノーバウンドで返したり、握りを逆手にして返したりして、バットコントロールを高めるようにしました。

 次に、ホームベースからセンター後方までラインを引き、その右側、定位置だけを守り、打球を集中的にランナーの後ろに集めるようにした。ラインの左側に飛べばホームランでもアウト!とにかく右方向にヒットする練習を大幅に増やしました。そこにはランナーを前に、前に、進める意図もあります。年が明け、オープン戦が始まる3月までやり続け、確率=打率も上がって来ました。その応用でヒットエンドランもかなり上手くなりました。

――新基準バットとなって勝負を分けるものが変わってきたのですね。

鍛治舍監督 1974年以前の木製バット時代と比べると、今の選手たちの基礎体力は間違いなく高くなりました。その選手たちが緻密な野球をやるのですから、一層、レベルが高くなりますよ。より“考える野球”が重要になります。

 高校野球にも、セイバーメトリクス、つまりデータを統計的に分析して戦略に落とし込む時代がやってきました。分析方法を簡単に分ければ、ひとつには球場仕様があります。岐阜県でも選手権大会に使用される球場は両翼92mもあれば100mもある。同じ低反発バットでも、ホームランの出やすい球場もあれば出にくい球場もあり、戦略、戦術、作戦も自ずと変える必要があります。

 2つ目は、采配です。高反発の金属バット時代、試合の中での采配=駆け引きはあまり重要視されなかった。しかし、これからの時代、采配=戦略、戦術、具体的な作戦が、より重要になります。簡単な例でいえば、相手が左投手の時、右打者はベースぎりぎりに立って、インコースを殺して、アウトコースを狙う。左打者は投手寄りに立って、スライダー、カットボールの角度を殺すことを徹底して、真ん中から外側のボールを狙い定めて打ち崩す等……。

 また、使うバットにも工夫が求められます。選手自らが金属にするのか、木製か、ミドルバランス、トップバランス、フルスイングに適した長さを選んだり、木製バットにするなら、グリップエンドにむかって太くなる形状のタイカップ式のバットが良いのか、今の選手は、バットの木目や乾燥度合いの見分け方など、ほぼ知りません。ヒット率は、打球角度16度のライナーが一番高い訳です。

 その打球が打てる自分のスイングに合った適切なバットはどれか、スイングスピードを高めるために最適なバットは何かを、合理性の観点から選ぶ、しっかりと考える時代が来たと思っています。

 もちろんバッテリーは打者の立つ位置、打ったコース、打球の方向性を今まで以上にしっかり確認する必要がある。その打球が打てたのは、フォームなのか、打席の立ち位置なのか。より細部に亘って考える必要があります。その情報に基づき打ち取る戦術を編み出すチームに、より多く勝利がもたらさせる時代がきました。

 この野球が進めば、公立高校が勝つ時代になると思っているんです。だから選手たちにはセイバーメトリクス「考える野球」が勝ちを収めるようになるよと伝えています。新基準バットになって、ここ一番、ホームランを狙うのか、ヒットエンドランを選択するのか、手堅くバントで送るのか、作戦の取捨選択で、間違いなく勝敗の損益分岐点が大きく変わって来ます。野球の奥深さがもう一度注目されて、合理性に裏付けされた野球知が求められるようになる。そうなっていけば、実に面白いと思います。

なぜ木製バットを使用する選手が増えたのか?

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